峠にて

深夜の奥多摩に、甲高いエキゾーストサウンドがこだまする。V6DOHC12バルブ2.4Lのフェラーリ製エンジンは、古さを感じさせない快調さを見る者に印象付ける。
だが、それよりも印象的なのはそのスタイル。
全高は1.1mしかなく、全長も3.7mしかない。その割には全幅1.7mもあり、ホイールベースは2.2m足らずだ。ミッドシップに置かれたエンジンとあわせて、あからさまにこの車がハンドリングマシンであるの証明している。ボディデザインも、まるで剃刀のような――少なくとも車とは思えない、先鋭的なデザインである。
そんな車が、異常な速さで奥多摩の峠を駆け上がっていく。
車の名は、ランチアストラトス。それを駆るのは、マイヤー東雲中尉という。

対して、山頂近くの展望台にやはり一台の車がいる。
目立つ特徴は、リアウイング。その大きなウイングは明らかに空力特性を目的とした、単なる飾りで付けられたものではない。フロントも過熱しがちなエンジンをフレッシュエアーによって守るため大きく開口されている。当然、タイヤの選択幅を増やすため、フェンダーが追加されいる。
だが、その車の一番の特徴は最新の電子制御。AYCはその名のとおり4WDの左右後輪の駆動差を制御してヨーモーメント(旋回力)発生させ、安定したコーナリングを実現させるシステムである。
車の名はランサーエヴォリューションⅤ。ドライバーは坂上重蔵中尉という。

「お待たせいたしました、坂上中尉」
「いやぁ、そんなことは無いよ、マイヤー」
2人とも、軍用の対Gスーツを着てヘルメットまで用意している。それだけ危険なことになるということだ。
「では、ルールを確認します。ここをポールポジションでスタートし、瑞穂基地に先についたほうが勝ち、でいいんですね?」
「おぅ、そうだ。有料の自動車専用道路の使用はなし、交通法規も官憲に見つかんなければ無視してもいい」
重蔵がくわえていたタバコを踏み消す。
「それにしても……ストラトスとはねぇ。そんなオンボロで俺に本当に勝つつもりかい?」
「いい車があっても、ドライバーがヘボだったら無意味でしょう?」
「……いい度胸してるじゃねぇか」
すでに、バトルは始まっている。2人の視線の間には火花が散っている。
「そんじゃ、始めようじゃないか。負けても旧車だからっていう言い訳はなしだからな」
「当たり前ですよ。そもそも、僕が勝ちますから言い訳なんて必要ないですしね」
そう言って2人は愛車に乗り込み、スタートラインまで車を運ぶ。スタート係は一矢。麓までは野次馬にきた瑞穂基地の連中が車止めしている。問題は、一般の車も走る市街地に入ってからだ。一応、上空に両者の行く手を確認するヘリがいるが、気休めもいいところだ。なぜなら、2人とも交通法規を守る気などさらさら無いからだ。

「それではいくぜ!」
スタート係の一矢が、手を振り上げ5カウントを始める。
周囲には、観客のざわめきと両者のアイドリング音しか聞こえてこない。
「……5,4,3,2,1、スタートっ!!」
両車とも道路にタイヤの跡を残しながら、フル加速していく。ランエボがハイパワーと4WDの恩恵を受け前に出る。ストラトスも30年前の車とは思えないスピードで追いかける。
目の前は、もう第一コーナー。
ランエボは減速し、派手なドリフトなぞしないでグリップきかせてのコーナリングでクリア、猛烈な加速を立ち上がりで見せる。
対してストラトスは、減速はするもののあからさまにオーバースピードで突っ込んでいく。荷重を前に移し後輪をスライドさせそのまま四輪ドリフトに移行。ステアリングをインに入れたままコーナーをクリアしていく。


そのまま、両者は闇の中へ消えていく。夜はまだ始まったばかりだ……